このBlogは、全国各地のクリエイティブな受験生の「探究と研究」を支援するハイレベル総合型選抜専門塾《Alternative Academy®︎》の代表・河合雄介が主筆です。AO入試(現・総合型選抜)の受験生やその保護者、高校の先生、大学の教員、企業の採用担当者の方々からいただいた質問に、私見も含めながらお答えしていきます。
※質問募集は公式LINEでもお受けしております。
※全ての質問に回答できるわけではございません、ご了承ください。
【Q&A】#71-75に続き、AO入試(総合型選抜)の受験を審査する側である「大学教員・職員」の方々からいただいた質問に回答します。
目次
- Q76|探究活動や総合型選抜は、結局“お金をかけられる家庭が有利”なのではないか、という批判があります。この点をどう考えていますか。
- Q77|面接対策を徹底すれば合格しやすい、あるいは表情や受け答えの雰囲気で評価が決まるという誤解についてどう思いますか?
- Q78|「一般選抜こそ公平」「総合型は不透明」、あるいはその逆の意見もあります。二元論で語られがちなこの議論をどう整理しますか。
- Q79|総合型選抜を拡大している大学の中には、“人数確保のためではないか”と疑われるケースもあります。大学としては理念との不一致をどう改善すべきでしょうか。
- Q80|「志望理由書は“大学へのラブレター”だという表現」、非常に共感しております。ただ、自己PRで終わってしまう文章も多いと感じています。本質はどこにあるのでしょうか。
Q76|探究活動や総合型選抜は、結局“お金をかけられる家庭が有利”なのではないか、という批判があります。この点をどう考えていますか。
総合型選抜に対して、「お金をかけられる家庭が有利なのでは」という疑問が出るのは自然です。
実際、高額な海外研修や有料プログラム(ボランティアという名称のものも含む)など、機会の幅に差が出ることはあります。経済力と教育成果の相関は様々な研究でも繰り返し示されていますので、「家庭環境は影響しない」と言うつもりはありません。
ただ、そこで議論を止めてしまうと、本質を見失います。
総合型選抜が本来評価しているのは、活動の「豪華さ」ではないからです。
問われているのは、
• なぜその問いを立てたのか(既に用意された課題から選ぶプログラムでは意味がない)
• 制約の中でどう考えたのか(予算、時間、場所など限られた条件で工夫できるかが大事)
• 何を仮説とし、どこが未検証なのか(入学後の学習計画や志望理由の本質)
です。
・自宅や学校付近の公立図書館で文献を読み込み(¥0)、
・身近な人たちに話を聞いたりアンケートを集め分析しただけの探究(¥0)でも、
問いの構造が明確なら十分に評価対象になります。
(個人的には、公立図書館や公共施設を最大限に活用している人は賢いなと思います)
逆に、華やかな実績でも思考の痕跡がなければ評価は伸びません。
(寄付金目当ての合格ではないことを願います)
受験生にとって、家庭環境を嘆く気持ちはわかりますが、それだけでは前へ進めません。
大学・学部ごとの評価基準や理念に対し、受験生の経験がどこまで言語化されているか。
審査をする先生方も、そこで合否を見極めた方がいいはずです。
特に、希少な経験の場合、必ずしも課金量と比例するものではありません。
その経験への「参加動機」も合わせて評価する。
それが大学の審査側で徹底されるなら、経済的な環境の差は一定程度は収束できると考えています。
Q77|面接対策を徹底すれば合格しやすい、あるいは表情や受け答えの雰囲気で評価が決まるという誤解についてどう思いますか?
平成の中期ごろまでは、就職活動でも「面接は印象勝負」だと思われる場面は多々あったかと思いますが、本質はそこではありません。
表面的な表情ではなく、問いにどう向き合うかという姿勢や目線の雰囲気は評価につながることはあると思います。(それを安易に「オーラ」と呼ぶ面接指導もあるようです。やや語弊がありますよね…)
前提として、「極端に対話が成立しない場合」は「雰囲気」に着眼することも必要ですが、笑顔の作り方や声のトーンが合否を決めるわけではありません。
面接はオーディションではなく、思考のキャッチボール(投手同士の本気の投げ合い)です。
模範解答や一問一答を暗記する練習よりもはるかに重要なのは、
• 聞かれている質問をどう解釈したか
• どんな前提や定義を置いたか
• 自分の答えの限界をどこまで認識し正直に話せているか
• その場でどのように考えを更新できるか
これらのプロセスが見えるかどうかです。
完成された答えを持っていることよりも、問いに揺さぶられたときにどう思考するか。
そこが見たいから、大学の先生方は「意外な(想定外の)質問」をされていると承知しております。
表情や態度は補助情報にすぎません。
モデルや俳優になるのではなく、研究をする大学生の候補を見極める試験だからです。
評価の中心は、対話を通じて思考が働いているかどうか。その一点です。
Q78|「一般選抜こそ公平」「総合型は不透明」、あるいはその逆の意見もあります。二元論で語られがちなこの議論をどう整理しますか。
各種SNSやメディアを見ても、この議論は、どうしても二元論になりがちですよね。
二項対立で勝敗を決めたがるメディアコンテンツの品性を疑いたいところでもありますが、多くのユーザーの関心は白黒つけたがる傾向があります。再生回数など定量価値至上主義者の多いネット配信では致し方ありません。
多くの意見をまとめると、
「一般は公平」「総合型は不透明」。はたしてそうでしょうか。
実際は、役割が違うだけなのです。
一般選抜は、事実理解や知識、処理能力などを一定基準で一斉に測る仕組み。
再現性が高く、大人数を短時間で比較できるという強みがあり、高倍率の入試においては有効な選抜手段です。
一方、総合型選抜は、思考の形成過程や学修(学習)に対する価値観、大学・学部・学科との接続可能性を見ようとする仕組みです。
選抜に時間はかかりますが、大学入学後の長期的な方向性を確認しやすいメリットがあります。
学問は、「既存の事実の理解」と「問いの再構築」を往復できるかが求められます。
一般選抜は前者に強く、総合型選抜は後者を審査しやすい入試です。
どちらも必要ですので、片方が不要論は極論になってしまいます。
また、どちらも万能ではありません。
だからこそ、東大や東京科学大、東北大などは、基礎的な学力試験も課す総合型選抜を重視しているのです。
重要なのは、「どの大学が、どの教育観を、どの割合で重視しているのか」というアドミッションポリシーやディプロマポリシーの理解です。
各校の入試コンセプトとして、「その大学がどんな学生と4年間を過ごしたいか」を宣言していると捉えることもできます。
一般選抜合格者と総合型選抜合格者の優劣争いではなく、
・両者の視点を持つ優秀合格者の発掘や
・両者の接続/往復/横断/共創できる環境に、
これからの大学や企業の価値があるのです。
そこまで見据えて議論をすることが必要だと思います。
Q79|総合型選抜を拡大している大学の中には、“人数確保のためではないか”と疑われるケースもあります。大学としては理念との不一致をどう改善すべきでしょうか。
「総合型選抜が人数確保の手段になっているのでは?」という疑念には一定の共感があります。
特に定員割れの年度以降、統廃合や合併、新規学部でリニューアルなど、様々な動きが見える以上、大学運営の焦りは意外と気づかれているのではないでしょうか。
そんな状況で、「大学の理念と接続していない選抜」をしてしまうと、入学後の教育思想とも噛み合わず、結果として学生も大学も消耗し、ミスマッチを起こしやすくなってしまいます。
こうすると、受験生へ与えるブランドイメージも逆効果になる可能性するあります。
だからといって、大学を「偏差値」という予備校業界が決めた一つの尺度や、「知名度」だけで判断してしまうのも短絡的ですので、特異性のある学び方や武器を決め、それと接続できる入試方式としての総合型選抜には意義があるはずです。
偏差値や認知度にかかわらず、
• 地域連携を軸にした実践的な教育プログラム
• 少人数での徹底した対話型授業(=どこの大学か、ではなく、誰と対話できるか)
• 特定の専門分野に特化したカリキュラム設計
など、明確な教育思想を持つ大学は多々あります。
見るべきは、
• 入試要項とカリキュラムが論理的につながっているか
• 評価観がアドミッション・ポリシーと一致しているか
• 初年次教育が選抜思想を引き継いでいるか
総合型選抜が理念と一致しているかどうかは、枠の数だけでは測れませんが、
入試の構造に着目すれば、だいたいわかります。
現代の賢い高校生・受験生は、偏差値ではなく「入試方式も含めた『接点』の多さ」で大学を評価する。
そこに、大学(理念)を見るときの誠実さも出ているなと感じています。
Q80|「志望理由書は“大学へのラブレター”だという表現」、非常に共感しております。ただ、自己PRで終わってしまう文章も多いと感じています。本質はどこにあるのでしょうか。
志望理由書はラブレターだ、とよく例えられますが、実際のところは「お互いが幸せになることを想像」できるように共感されないと成立しません。
「俺すごいでしょ。だから付き合って」ではYesは当然もらえず、
ただの自慢(自惚れ)で終わってしまいます。
大事なことは、自分の実績の誇示ではなく、その先に提供できる価値です。
単なる損得勘定ではなく、4年間一緒にいたい(付き合いたい)と思える魅力があるかどうか。
たとえば、
×
「文化祭で実行委員長を務め、来場者数を増やしました。この経験を活かしたいです。」
○
「文化祭の運営を通して、来場者増加の結果以上に『委員が自分の役割を持てる差配』」が関係者の満足度を左右することに気づきました。貴学のプロジェクト型授業で、参加型の場づくりを理論と実践の両面から深めたいと考えています。」
違いは、事実の羅列か、問い(仮説)の提示か。
たったそれだけなのですが、どちらと付き合いたいかの印象は変わります。
志望理由書は、
「私はこんな人です、あなたとこんなデートがしたい、だから付き合って」というラブレターではないのです。
「あなたとなら、私はこんな楽しいデートを提供できる。これはあなたにとっても楽しいデートになりますよ。」という共感を生む際の「たしかにそう言われたら、ワンチャンこの人ありかもな」を引き出す手紙なのです。
完璧なデートプランでは、その後も頑張り続ければいけない。4年間の継続可能性が難しくなります。
提示された計画の余白に、大学(告白された側)が「想像できる余白」もあるかどうかです。
ラブレターと例えるなら、「好きです」「付き合ってください」で終わらせず、「あなたとなら、こんな景色を見られると思っている」まで書く。古文で色々やりましたね。ここでも役に立つんですね。
大学が評価しているのは能力や実績の誇示ではありません。
過去の経験に基づく、未来の予定への信頼です。
一貫性と具体性がなければ、絵に描いた餅で終わるのです。
当然、実績の派手さは必須ではありません。
次回からは、「総合型選抜合格を隠す就活生をどう評価するか」などに悩む、「企業人事部」の方々からの質問・Q81-100にお答えします!
Alternative Academy®︎
代表・河合雄介
この記事を読んでくださった受験生・保護者・関係者の皆様にとって、
受験本番までの時間が最も長く残っている日は、今日です。
「総合型選抜の実態や本質って結局なんですか?」
「書類の添削って塾の傾向ってありますか?」
「本当に賢い受験生はどんな質問で評価されますか?」
様々なお悩みや心配事があるはずです。
まずは一度、Alternative Academy®︎の無料カウンセリングを受けていただき、最適な準備をご検討いただければと思います。皆様の決断を先導&後押しできる準備を整え、サポートでお待ちしています!
受講相談・無料カウンセリングはこちら
>> https://altrntv-acad.com/contact/
